第5回 学習内容の理解と応用
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1. 理解することとは
1-1. 小学校の学習内容の理解の実態
国語辞典「物事に接して、それが何であるかを(何を意味するのかを)正しく判断すること」
小学校教師を対象に乗法の意味の理解を調べた
1. 作問課題
小学校5年生では小数×小数が教えられています。小5の担任になったつもりで「$ 3.2 \times 4.6 = 」という式を使って答えを出す問題を作ってください。ただし、「長方形の面積を出す問題」「直方体の体積を出す問題」「3.2mの4.6倍はどれだけでしょうといった倍を使う問題」は除きます。
2. 情報の意味を問う課題
ある小学校の子どもから「$ 2.7 \times 3.6」について「この式の意味を考えたんだけど、2.7を3.6回足すってどういうことか分かりません」と質問されたらどう説明しますか
例を挙げながら「基準にする量×割合=割合にあたる量」という趣旨が述べられているものが正答として判定された
基準にする量を$ 1とみること、割合にあたる量が連続量であるとみることが肝要
全体の正答率
1. 70%
不適切な回答例「ジュースが3.2リットル入った瓶が4.6本ある。ジュースは全部で何リットルか」
2. 16%
不適切な回答例
「2.7の3倍と2.7の0.6倍を合わせるということ」
「2.7を36回足して10で割る」
九九を習う小学2年生では累加の考え方で教えられる
乗数が小数の場合は、累加の意味を拡張した「基準にする量×割合=割合にあたる量」といった意味に転換しなくてはならない
転換を欠いたままの者が多い
1-2. 理解の内的過程
作業手順はとても簡単である。まず、それらをいくつかに分ける。もちろん全体量によっては、その必要はない。これだけであなたの準備は完了である。大切なことは一度に多くし過ぎないことで、少な過ぎる方がましである。このことを守らないと、面倒なことになりかねず、高くつくことになるかもしれない。
最初はすべての作業が面倒に思うかもしれないが、近い将来この作業がなくなるとは考えにくい。
この作業が終わったら、再びそれらをいくつかに分けて、整理して適切な場所に置く。それらは一度以上使われたら再利用され、また同じサイクルが繰り返される。面倒なことではあるがこれは生活の一部なのだ。
理解できたかを問うと、理解できたと答えるものは少ない
「衣類の洗濯」というタイトルを知ると理解できたという人が大幅に増える
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出来事や行為、事物についての一般的で枠組み的性質をもつ知識
スキーマに照合しながら、個々の文の意味を解釈する
こうした過程を想定した場合、理解ができない原因は
スキーマを持たない場合
洗濯機がなかった時代の人には何度読んでもらっても理解できない
スキーマにアクセスできない場合
不適切なスキーマにアクセスしてしまった場合
先の乗法の作問や意味の説明課題で累加スキーマを使ってしまった者など
日常的な行動系列に関する知識
e.g. レストランスクリプト
「Aさんはレストランに入り、スパゲッティを食べた」
文には書かれていなくても料理を店員に注文したことや料金を支払ったことなどがわかる
主題のない文章も洗濯に関する一連の行動とみれば、そこで使われている既有知識はスクリプトということもできる
文章の典型的な展開構造に関する枠組み的知識
起承転結と類似した「設定」「テーマ」「プロット」「解決」からなり、まず登場人物・場所・時(設定)が述べられ、次に物語の発端になる事件屋主人公が達成しようとする目標など(テーマ)が述べられる そして、テーマに関する個々のエピソード(プロット)が展開され、最後にテーマに関する結末(解決)が述べられる
2. 理解を促進する方法
2-1. アナロジーの利用
学習者の理解を促進するためにはスキーマのような既有知識を使えるようにすればいい
構造的に似ている2つの事柄に関する知識を結びつけること
実際の授業では、教えようとする新たな学習内容と、その学習内容と構造的類似性をもつ事柄に関する学習者の既有知識とを対応させることによって、新たな知識を理解させようとする
電気回路に関する水流モデル
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電流の大きさが豆電球を点けた前後で変わらないことを、川の水量と水車で表している
頭の中のイメージや、複雑なものや抽象概念を理解する際に具体物や身近で単純なものに置き換えて表現されたもの(杉村, 2000) 2-2. 先行オーガナイザーの利用
先行オーガナイザーが与えられた時点でそれが既有知識となり、後続の詳細な学習内容が先行オーガナイザーに体系的に結びつくために、知識が構造化され、理解の促進がもたらされるという考え方
大学生を対象に行なったオーズベルの実験
文章で金属の性質についての詳細な事項を説明する前に、それらの事項間の関連の概要を示す文章を読ませた
読んでいなかった者よりも事後テストの成績が高まった
新しいスキーマをつくる種類のオーガナイザー
新しい学習内容に関連する既有知識を使い、両者の類似点や相違点を示すもの
アメリカの大学生にとって馴染みのない仏教の考え方を説明する文章を読む前に、仏教とキリスト教の考え方を比較する文章を読ませておくと、読ませなかったものよりも事後テストの成績が高かった
2-3. 納得に必要なこと―学習者の考えを考慮すること―
情報が既有知識と整合しない場合は、納得できないために理解に至らないということになる 麻柄, 1990は大学生に種子植物の「タンポポ・ヒヤシンス・チューリップ・ホウレンソウ・アサガオ・ジャガイモ」にタネができるかについて調査を行った 正解はすべてタネができる
タネができると答えたものは、タンポポやアサガオではほぼ100%であったのに対し、ヒヤシンス、チューリップで20%、ジャガイモでは30%にとどまった
球根や種芋で植えるもの
誤概念「タネで植える植物だけがタネをつくる」
こうした誤概念をもつ者に対して、中学校の学習内容である「種子植物は花を咲かせ種子をつくる」ことだけが教えられても納得できないために理解に至らない
麻柄は無性生殖と有性生殖の違いと、観賞用植物は色や形が揃っていることが求められるから球根で植えられることを教授した
この説明は、学習者がタネはできないと考える根拠にも一定の妥当性があることを認めたうえで、その根拠としている「球根で植える」という既有知識を「種子植物は花を咲かせ種子をつくる」という知識に矛盾のない形で位置づけるもの
事後テストを行ったところ、当該の説明がなかった者に比べて、チューリップだけでなく、ヒヤシンスについてもタネができるとした者が増加した
なお、ジャガイモには十分な効果がみられなかった
球根と種芋の違い、観賞用と食用の違いがあることが原因になっていると考えられる
ここでの議論からは、ジャガイモにもタネができることが学習者にとって納得できる知識になるためには、タネができないとする根拠にも理を認めた上で、種芋で植える必然性を教授することが必要だということになる
2-4. 納得に必要なこと―必要な知識の保証―
子どもたちにとっては北陸地方がなぜ豪雪地帯なのかについては納得のいかないものになっている
北海道程寒くないのに降雪量が多い
北陸地方の降雪量が多い理由
日本海をはさんだ大陸との幅が広いため
冬の季節風が日本海を通過するときに、この幅に応じた量の水蒸気を吸い込む
その幅が広い北陸地方には大量の水蒸気を含んだ季節風が吹き込むため降雪量も多くなる
2点を問題視
授業で気温や山脈の存在、季節風が降雪量に関連していることは触れられているが、大陸との幅という要因についてはほとんど触れられていないこと
この知識は降雪量にとっては基礎・基本であるのにそれが教えられていないこと
大陸の幅という要因が欠落すると、子どもたちは北陸地方の雪が多いことに納得できないし、納得できないと北陸地方は雪が多いという個別の知識を丸暗記せざるをえない
基礎・基本の知識とは何か
学習者が学習内容に納得するには、教える側が子ども達に納得してもらえるに足る十分な知識を保証しなくてはならない
教える側が教材についての知識を持たなくてはならない
3. 知識の応用を促すには
3-1. 学習内容の応用についての2つの考え方
学習した内容は無条件に広範囲の問題解決に応用できるのだろうか
特定の内容の学習であっても、いろいろな知的活動の基盤になる記憶力や思考力のような能力が育成されるため、他領域の内容の学習を促進したり、問題解決を容易にしたりする基礎を育てることができ、その効果は広い範囲に及ぶと考える 実際、ドイツの中等教育学校のギムナジウムなど、ヨーロッパの一部では数学や現在では使われないラテン語などが形式陶冶の立場から教えられてきた 教科の特定の教授内容が学習されるのであり、内容を超えた効果は期待できないという考え方
心理学では陶冶の問題を学習の転移の問題として取り上げてきた 先行の学習が後続の学習を促進する
一般的に転移という場合はこちら
e.g. 英語の学習をしていたので、ドイツ語の学習に役立った
先行の学習が後続の学習を妨害すること
3-2. 学習の転移の難しさ
正答できた者は大学生でも1割ほど
この問題を「ビール」「コーラ」「22歳」「16歳」と書かれたカードに替えて、「各カードには4人の人物について片面にその人の年齢、もう片面にはその人が飲んでいるものが書かれている。ビールならば20歳以上…」という問題にしてみると、正答率は8割にも達した(Griggs & Cox, 1982) 理由はいろいろな説が提出されている
少なくとも同一の構造をもつ問題でも、具体的な問題内容と独立してピアジェのいうような形式操作に関連する抽象的な知識が適用されるのではなく、認知の領域固有性が存在することを示唆するものとなっている 現在では認知の領域固有性が広く認められ、形式陶冶のような転移は起こりにくいという見解が一般的
3-3. 知識の転移を促す方法
授業では、算数・数学の公式や理科の法則などといった一般化された知識(ルール)の獲得が目指される
一般化された知識が獲得されれば、学習者はそれをさまざまな具体的な問題の解決に応用(転移)できると考えられているからだろう
認知の領域固有性からそうした応用は無条件に行われるわけではない
学習したルールがさまざまな問題解決に応用できるようにするためのいくつかの方法が考えられている
当該のルールを教える際に、複数の多様性をもつ事例を伴わせる方法
大学生を対象に「企業間の競走があれば、価格(料金)は低い」という経済学に関するルールを取り上げた実験(進藤, 2000) 3郡
A群
同じ距離でも複数の航空会社が競合する路線は、単一の航空会社しか就航していない路線よりも料金が低いという事例
$ \mathrm{eg_1 \rightarrow ru}
B群
飛行機の料金についてA群の事例に加え、別の2組の2つの路線間の料金の違いを事例
$ \mathrm{eg_1+eg_1'+eg_1'' \rightarrow ru}
C群
A群の事例に加えて、電話料金、ガソリンの価格が企業間の競合の有無で異なるという事例
$ \mathrm{eg_1+eg_2+eg_3 \rightarrow ru}
事後テストでは、等距離の区間であるにもかかわらずJRの料金が異なる理由を聞いた
他の鉄道会社と競合する特定区間では料金が低く設定されているという趣旨の解答を正解としたところ、星燈社の割合はC群>B群>A群
ルールを教える際に単一の事例を用いるよりも、同種でも複数の事例を用いるほうが、さらに複数の多用な事例を用いる方が、事後テストで応用が利いたということ
3-4. アナロジーによる転移
「腫瘍を放射線で治療する際に強い放射線だと正常な組織をも壊してしまうが、弱い放射線だと効果がない。どうすればよいか」
分割・集中が正解
正答率は著しく低く1割ほど
放射線問題の前に解決法としての分散・集中が書かれた要塞物語を読ませた場合
それでも正答率は3割ほど
要塞物語に加えて、分割・集中によって問題を解決したという別の物語を呼んだ場合
ジックら(1980, 1983)の研究と進藤(2000)の比較
違い
ジックら: 「分割・集中」というルールを事例から抽出し、それを別の事例に問題解決に適用しなくてはならない課題
進藤(2000): 研究は事例とともに与えられたルールを問題解決に適用する
共通
複数の多様性をもつ事例に導かれたルールは応用が利きやすい
知識の転移が生起しやすくなる
物理学の初学者が表面的な類似性に基づき分類した
熟達者は法則に沿った構造的類似性によって分類した
この結果は、ルールについてよく理解していることが、ルールの多用な問題解決への適用を促進することを示唆
逆命題も成立するようなルールでは、元命題の「$ \rm pならば$ \rm qである」とルールの記述の方向を替えた「$ \rm qならば$ \rm pである」を同時に教えること